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福岡地方裁判所柳川支部 昭和63年(ワ)62号 判決

福岡県大川市大字津一〇番地の四

原告

石川尚義

右訴訟代理人弁護士

永尾廣久

中野和信

東京都千代田区霞ヶ関一丁目一番一号

被告

右代表者法務大臣

後藤正夫

右指定代理人

金子順一

坂井正生

中野良樹

樋口隆造

山崎元

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

一  原告

1  被告は、原告に対し、金一六二四万七〇六八円及びこれに対する昭和六〇年三月二八日以降支払ずみまでの年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

旨の判決並びに仮執行の宣言を求める。

二  被告

主文と同旨の判決を求める。

なお、本件につき仮執行の宣言を付することは相当でないが、仮に仮執行の宣言が付される場合には、担保を条件とする仮執行の逸脱宣言を求める。

第二原告の主張(請求原因)

一  本件更正処分等の内容と経緯

1  原告は、訴外大川税務署長に対し、昭和五五年分所得税の確定申告書に総所得金額を五七一五万五〇〇〇円(その内訳は、不動産所得の金額が九六万円、給与所得の金額が四七五万五〇〇〇円)、分離短期譲渡所得の金額を三〇万六八〇二円、納付すべき税額を三二万七七〇〇円とそれぞれ記載して申告し、昭和五七年一二月二二日に総所得金額を五七一万五〇〇〇円、分離短期譲渡所得の金額を七一二万〇〇一六円、納付すべき税額を三〇五万三三〇〇円として修正申告書を提出したところ、大川税務署長は、同月二七日付けで過少申告加算税の額を一三万六二〇〇円とする賦課決定処分をし、さらに、昭和五八年一月二〇日付けで総所得金額を五七一万五〇〇〇円、分離短期譲渡所得の金額を四〇七八万四八九四円、納付すべき税額を二三二六万六八〇〇円とする更正処分(以下「本件更正処分」という。)及び重加算税の額を六〇六万三九〇〇円とする賦課決定処分(以下「本件賦課処分」という。)をなした。

2  原告は、これを不服として、昭和五八年二月五日、異議申立てをしたが、異議審理庁は、同年一二月一日付けでこれを棄却した。そこで、原告は、福岡国税不服審判所長に対し、同月二三日審査請求をしたところ、昭和五九年一二月一四日付けで、大川税務署長の処分を一部取り消し、その余は棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)がなされた。

3  本件更正処分の違法

本件更正処分には、次の述べるような違法がある。

(一) 原告が昭和五五年中に譲渡した柳川市大字蟹町四五番地四の土地五八四・一六平方メートル(以下「本件土地」という。)の分離短期譲渡所得の金額について、本件更正処分は取得価額を誤って算定している。

(二) 本件土地は、原告が昭和四七年二月二七日に訴外宗教法人妙経寺から公簿面積一五五〇平方メートルに三・三平方メートル当たりの単価五万円を乗じた価格二三四八万円で譲り受けた土地(以下「蟹町の土地」という。)の一部である。

ところが、原告が本件土地(実測面積は前記のとおり五八四・一六平方メートル)を訴外出光興産株式会社に譲渡したところ、蟹町の土地から本件土地を譲渡した残りの土地の実測面積は約九九平方メートルに過ぎないことが判明した。

したがって、本件土地の取得価額は、蟹町の土地の公簿面積一五五〇平方メートルから譲渡後の残地面積九九平方メートルを差し引いた面積一四五一平方メートルに三・三平方メートル当たりの単価五万円を乗じた額である二一九五万円である。

(三) しかるに、大川税務署長は、本件土地の取得価額を本件土地の実測面積五八四・一六平方メートルに三・三平方メートル当たりの単価五万円を乗じた額八八五万〇九〇九円とした。

(四) 本件土地の取得価額は二一九五万円であり、訴外出光興産株式会社に売り渡した本件土地の代金額は三〇〇〇万円であるから、課税対象となる原告の得た利益は八〇五万円となる。したがって、右利益額に分離短期譲渡所得の税率四〇パーセントを乗じると、原告の納付すべき税額は三二二万円となる。

ところが、大川税務署長は、本件土地の取得価額を八八五万〇九〇九円としたため、原告に対する税額を一五六三万三〇六八円と算定した。

(五) そこで、大川税務署長のした更正処分は、納付すべき税額三二二万円を超える部分一二四一万三〇六八円の限度で取り消されるべきである。

4  本件賦課処分の違法

大川税務署長は、原告が真実でない売買契約書に基づいて分離短期譲渡所得の金額を計算し、確定申告書を提出したことを理由として、重加算税三八三万四〇〇〇円の賦課決定処分をしたが、大川税務署長の更正処分が前記のとおり取り消しを免れないものである以上、右重加算税の賦課決定処分も取り消されるべきである。

5  別件租税訴訟の却下判決

原告は、昭和六一年二月一日、本件更正処分及び本件賦課処分の取消しを求めて、福岡地方裁判所に対し所得税更正処分取消請求の訴訟(以下「別件租税訴訟」という。)を提起した(同裁判所昭和六一年行ワ第三号事件)。ところが、同裁判所は、昭和六三年三月一五日、「原告の別件租税訴訟は、出訴期間(本件裁決があったことを知った日から三か月以内)を徒過した後に提起されたものであるから、訴訟要件を欠く不適法な訴えである。」との理由で原告の右訴えを却下した。

二  藤吉係官の不法行為

1  原告は、前記のとおり、福岡国税不服審判所長に対し審査請求をし、昭和五九年一二月一四日付けで本件裁決を受けたのであるが、本件裁決の日から三か月を経過する前の昭和六〇年二月二二日、福岡国税局の藤吉廣美係官(以下「藤吉係官」という。)から、いつでも異議申立てはできる。とりあえず払うように。」という指導を受けた事実がある。

さらに、原告は、同年三月二八日、藤吉係官から福岡国税局長宛に「未納所得支払計画書」と題する念書を提出するよう求められたが、その際にも、同係官から「支払いながらでも、文句があれば異議申立てはできるのだから。」となだめられた事実がある。

2  およそ公務員として徴税の職責にある者は、異議申立て手続き(本件の場合は、本件裁決があったことを知った日から三か月以内しか本件更正処分及び本件賦課処分の取消訴訟を提起できないこと)を知悉して、納税者に対しその教示を誤りなく行うべき義務があるところ、藤吉係官は、納税後いつでも異議申立て(すなわち右取消訴訟の提起)ができる旨誤った教示をなした。

右誤った教示を信じて原告が別件租税訴訟を提起したところ、出訴期間徒過を理由に右訴えが却下されたのであるから、藤吉係官は、故意又は重大な過失により、違法に原告の異議申立権を侵害したものというべきである。

三  被告の責任

国の公権力の行使に当たる公務員である藤吉係官が、その職務を行うについて、故意又は重大な過失により前記不法行為に及んだものであるから、被告は、国家賠償法一条一項により、原告が被った損害を賠償する責任がある。

四  損害

1  原告が、藤吉係官の誤った教示に惑わされることなく、法定の出訴期間内に別件租税訴訟を提起していれば、前述のとおり、本件更正処分及び本件賦課処分は判決によって取り消されることが明らかであった。

2  原告が藤吉係官の不法行為により被った損害は、右取り消されるべき課税金額の合計一六二四万七〇六八円である。原告はこの金額を全額支払ったわけではないが、支払義務が確定していること自体が損害である。

3  原告は、藤吉係官の不法行為により社会的信用を失墜するなどの損害を被り、精神的苦痛を受けた。これに対する慰謝料としては、金一六二四万七〇六八円が相当である。

4  原告は藤吉係官の不法行為により原告が被った損害として、2又は3の損害を選択的に主張する。

五  結び

よって、原告は、被告に対し、前記損害金一六二四万七〇六八円及びこれに対する不法行為の終わった日である昭和六〇年三月二八日以降支払ずみまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。

第三被告の主張(請求原因に対する認否)

一  請求原因一(本件更正処分等の内容と経緯)の事実について

1  請求原因一の1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3(本件更正処分の違法)の(一)の事実のうち、本件更正処分が取得価額を誤って算定していることは否認し、その余は認める。

同3の(二)の事実のうち、(1)本件土地の実測面積が五八四・一六平方メートルであること、(2)本件土地は、原告が宗教法人妙経寺から三・三平方メートル当たり五万円で取得した土地の一部であること及び(3)原告が本件土地を訴外出光興産株式会社に譲渡したことは認め、その余は否認する。

同3の(三)の事実は認める。

同3の(四)の事実のうち、大川税務署長が本件土地の取得価額を八八五万〇九〇九円、原告に対する税額を一五六三万三〇六八円と算定したことは認め、その余は争う。

同3の(五)の事実は争う。

4  同4(本件賦課処分の違法)の事実は争う。

5  同5(別件租税訴訟の却下判決)の事実は認める。

二  請求原因二(藤吉係官の不法行為)の事実について

1  請求原因二の1の事実のうち、原告の審査請求について昭和五九年一二月一四日付けで本件裁決があったことは認め、その余は否認する。

2  同2の事実のうち、藤吉係官が誤った教示をしたことは否認し、その余は争う。

三  請求原因三(被告の責任)の事実は争う。

四  請求原因四(損害)の事実は争う。

第四証拠関係

一  原告

1  甲第一、第二号証を提出

2  証人藤吉廣美の証言及び原告本人尋問の結果を援用

3  「乙号各証の成立を認める。」旨陳述

二  被告

1  乙第一ないし第一八号証を提出

2  「甲号証の成立を認める。」旨陳述

理由

一  原告の主張の要旨は、「原告は、藤吉係官から『本件更正処分及び本件賦課処分については、いつでも裁判で争える。』旨の誤った教示を受け、これを信じたため、別件租税訴訟を法定の出訴期間内に提起することができなかった。原告は、藤吉係官の誤った教示により異議申立権を侵害されたので、それによって被った損害の賠償を求める。」というものである。

二  そこで、まず、藤吉係官が原告主張のような誤った教示をしたかどうかの点について検討する。

1  成立に争いのない甲第一号証、同乙第一〇号証及び同第一八号証並びに弁論の全趣旨によれば、(1)国税不服審判所長は、本件更正処分及び本件賦課処分に対する原告の審査請求について、昭和五九年一二月一四日付けで本件裁決をなし(この事実は当事者間に争いがない。)、同月二四日本件裁決の謄本が原告に送達され、原告は、右同日、本件裁決があったことを知ったこと、(2)別件租税訴訟についての福岡地方裁判所も、右と同様の事実認定に基づいて出訴期間遵守の有無を判断していること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

原告は、昭和六〇年二月二二日と同年三月二八日の二回にわたって藤吉係官から誤った教示を受けたと主張している。しかしながら、右認定の事実によれば、昭和六〇年三月二八日は、行政事件訴訟法一四条所定の三か月の出訴期間が徒過した後であることが明らかである。そうすると、仮に右三月二八日に藤吉係官が原告主張のような誤った教示をしたと仮定しても、そのことと原告が別件租税訴訟において出訴期間を遵守できなかったこととの間には、何ら因果関係をも認めることができない。したがって、本件においては、藤吉係官が昭和六〇年二月二二日に原告主張のような誤った教示をしたかどうかを判断すれば足りることになる。

2  原告は本件における本人尋問の際、「藤吉係官と一回目にあったとき原告が同係官に『裁判はいつでもできるのか。』と尋ねたところ、同係官は『裁判はいつでもできる。』と言い切った。」旨の供述をしている。また、成立に争いのない乙第一七号証(別件租税訴訟における原告の供述を録取した本人調書)中にも、右と同様の供述内容が記載されている。

しかしながら、証人藤吉廣美は、本件における証人尋問の際、「昭和六〇年二月二二日に原告と面談した際、裁判のことが話題となり、原告が『裁判はいつまでできるのか。』と聞いてきた。これに対しては、裁判のことがよく分からなかったので、『いつでもできるのではないか。』と曖昧に答えた。ところが、原告が『いつまでもできるのか。』と念を押したので、『私はよく知らない。弁護士に聞いたらどうか。』と答えた。」旨証言している。また、成立に争いのない乙第一六号証及び前出乙第一八号証によれば、同証人は、別件租税訴訟においても証人として尋問され、その際にも右と同様の証言を行ったことが認められる。

右の証人藤吉廣美の各証言内容に照らして考えると、前記原告本人尋問の際の供述内容及び甲第一七号証に記載された原告の供述内容は、直ちにこれを採用することができないものというほかはない。

そして、他に、「藤吉係官が、昭和六〇年二月二二日ころ、原告主張のような誤った教示をした。」との事実を認めるに足りる証拠はない。

3  以上のとおりであるから、本件においては、「藤吉係官が原告主張のような誤った教示をした。」との事実につき、立証がないものといわなければならない。

三  以上述べてきたところによれば、その余の点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がない。そこで、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原村憲司)

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